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第4話 わしが分けた

Auteur: みだん
last update Date de publication: 2026-09-17 03:16:56

「返すとは、なんじゃ」

本殿の屋根の上に、小さな女の子が座っていました。

夕日を背にしているせいで、輪郭が金色に滲んでいました。

白い着物の裾から、裸足の足首が二本、ぶらりと出ています。

七つか八つくらいでしょうか。

白い着物を着て、足をぶらぶらさせています。

逆光でよく見えないのに、笑っているのだけは分かりました。

蝉が鳴きやんでいました。

風も止まっていました。

境内の空気だけが、水の中のように重くなっていました。

「……結守ゆいもりさま、ですか」

「ほかに誰がおる」

「そなたの家の者は、代々わしに供物を上げてくれておる。祭りの晩にいちばんよい酒を置いていくのは、そなたの祖母じゃな。あれは気が利く」

女の子は、指を折って数えるような仕草をしました。

「一ノ瀬の家とは、もう六代の付き合いになる」

女の子はひらりと屋根から飛び降りて、私の前に立ちました。

頭ひとつ分どころか、二つ分は小さいのです。

それなのに、その子の前に立っていると、膝が震えました。

「よう来たな、一ノ瀬の娘。そなたの家には世話になっておる」

「あの」

「どうじゃ」

女の子は、胸を張りました。

「うまくいったであろう」

私は、言葉が出ませんでした。

褒めてもらえると思っている顔でした。

夏休みの自由研究を親に見せる、子どもの顔です。

「四つに分けた。わしがやった」

その子は得意げに言いました。

悪びれるどころか、褒められるのを待っている顔でした。

「……どうして、そんなことを」

「あの男の魂の緒が細かったからじゃ」

女の子は指を一本立てて、それを見せてきました。

「ほつれておったのよ。毛羽立って、あと数年で切れるところじゃった。二十を迎える前にな」

結守さまは、両手で細い糸を引っぱるような仕草をしました。

ぷつん、と口で言いました。

子どもが遊びで出すような、軽い音でした。

息が止まりました。

和樹くんの体が弱かったこと。

病院で何度診てもらっても原因が分からなかったこと。

中学二年の夏、お祭りの準備中に倒れたこと。

あの日、提灯を運んでいた和樹くんは、参道の真ん中で崩れるように倒れました。

私が保健の先生を呼びに走って、戻ってきたときにはもう目を開けていました。

「大丈夫、いつものだから」と和樹くんは言いました。

いつものだから、と。

その日から私は、彼の隣を歩くようになったのです。

全部、そういうことだったのです。

「じゃが、わしに命を延ばす力はない」

その子は、少しだけ声を落としました。

「運命を書き換える力もない。わしにできるのは、縁を結ぶことだけじゃ」

「じゃから考えたのじゃ。おぬしらが願ったあのときな」

結守さまは、指を四本立てました。

「一本の緒に重さがかかりすぎるのなら、緒を増やせばよい。荷を分ければ、どの一本も切れぬ」

そして、また胸を張りました。

「縁を結べるということはな、結び直せるということでもある。一本の緒を四本に縒り分ければ、一本にかかる重さは四分の一じゃ」

「四つに分けた。これで、死が四度来るまで、あれは死なぬ。──まぁ、四人に分かれたというのは、わしが思ったのと少し違うがな」

死が、四度。

その言い方が、耳の奥にこびりつきました。

四という数を、この神さまは縁起で選んだのではないのです。

必要な回数として、数えたのです。

私は、その場に座り込みそうになりました。

「それは」

声が震えました。

「それは、和樹くんを、殺したのと同じです」

女の子は、きょとんとしました。

本当に、心の底から分からないという顔でした。

「なぜじゃ。生きておるぞ。それも、四人もじゃ」

その声には、嘘も皮肉もありませんでした。

だから余計に、足元が抜けるような気がしました。

「四人じゃ駄目なんです!」

叫んでから、自分の声の大きさに驚きました。

境内が、しんとしていました。

私の声だけが拝殿の壁に当たって、返ってきました。

結守さまは、首をかしげました。

「あの人は、一人でした」

「今も一人じゃ。四つに分けても、元は一本の緒じゃ」

「でも、別々に歩いて、別々にごはんを食べて、別々に私に話しかけてくるんです!」

「うむ。四倍じゃな」

結守さまは、うれしそうにうなずきました。

「よいことではないか」

「そなた、あの四人が嫌いか」

息が詰まりました。

「……嫌いじゃ、ないです」

「では、何が困る」

答えられませんでした。

困っているのに、その理由を言葉にしようとすると、どこにも足がつかないのです。

あの四人は優しくて、まっすぐで、全員が私を大事にしてくれています。

嫌いになる理由なんて、ひとつもありません。

それが困るのだと、このときの私は、まだ言えませんでした。

「おかしなことを言う」

私は、この神さまを恨むことができませんでした。

目の前にいるのは、私たちの願いを聞き届けて、三日三晩考えて、自分にできる精いっぱいのことをした神さまです。

しかもそのおかげで、和樹くんの命は助かっているのです。

和樹くんは死なずに済みました。

私が願ったとおりに、長く暮らせるようになりました。

それなのに私は、返してくださいと叫んでいるのです。

そして、私にはいちばん残酷な言葉を、いちばん優しい顔で言ったのです。

「わしは、そなたの願いを叶えたのじゃ」

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